胃もたれ沢 吐瀉夫の日常

ソシャゲプロデューサーが好きなものや、日々のあれこれを書いたり、気になったサービス・製品のレビューをしたりしてます。

30代になっても辞められない僕とパンク・ロックの出会い

オッス!オラ吐瀉夫!

皆さんは何か長く続いてる趣味ってありますか?

なかなか続かなくなったり、歳を取ると熱意が薄れてしまって趣味にも億劫になってたりしませんか?

僕もその一人ですが、例外的にずっと続いている趣味があります。

 

それはパンクロック。至高の音楽です。

今回は僕とパンクロックとの出会いと、その魅力をお伝えします。

※僕の人生を一部含むの無駄に長いです

僕の趣味遍歴

小・中学校時代から美術の成績は常に高く、特選・準特選を連発していて幼い頃から絵画や工作が大好きでした。

ゲームに漫画にお絵かきが大好きな、正にナチュラルボーンオタク。

ただしノートには落書きばかりなのに、いわゆる運動神経が良いオタクでした。朝は部活と別に早く登校し、友だちとサッカーをしていました。

性格が周りからもジャイアンと言われるくらい自己中心的だったせいか、いじめられることはありませんでした。

 

特に中学校時代はHELLSING王ドロボウJING等といった僕に強く影響を残した作品と出会い、イラストを描くのが大好きでした。

この時期が一番絵が楽しかったような気がします。

 

高校時代は運動部に所属せず、美術部に所属。

しかし高校1年生の終わり。春休み間近の3月にとある事件が起きます。

父親の自殺

父がいきなり亡くなり、家族はふさぎ込んでしまいます。

今でこそ友だちのいない僕ですが、家庭では父親によく似てムードメーカーだったため明るく努めたのですが、受けるわけないし…。

 

次男だった僕は父が大好きだったし、一番仲良かった。

時期的にも父親が一番育児に積極的だった頃の子供だったのもあり、一緒にゲームをしたり、僕と二人きりで遊園地に行ってくれました。

この文章を打つだけで父を思い出し涙目になっているほど、父が大好きです。

 

だからこそ、父が選んだ終わり方を否定したくないのです。

僕は父が亡くなった翌日から、学校に復帰したかったのですが、母は許さず。

結局、通夜と葬式で3日休み、そのまま学校に行くことなく春休みに突入します。

僕とパンクロックの出会い 

その春休み、僕は深夜の音楽番組で、とあるバンドのミュージックビデオを見ることになります。

それまで父親が好きだった長渕やチャゲアスくらいしか聞いたことがなく、小1の頃の先生に「吐瀉夫くんが今日も元気にYAH YAH YAHを歌ってました」

と言われるくらい音楽の趣味が謎だった僕が、32歳の今になるまで聞き続けているジャンルの音楽とこれで出会ったのです。


Good Charlotte - The Anthem (Video)

そうパンク・ロックに。

これがそのミュージックビデオなんですが、一度見たときの感想は「なんだこのイキった小太りのモヒカン…」

そんな感想しか抱かなかったんですが、何故か不思議と惹きつけられ何度も見てしまいました。

 

このGoodCharlotteに心を奪われた僕は、早速彼らの1stアルバムを購入しました。

※動画は2ndアルバムの曲です。

ここで更に大きな衝撃を受けました。

ヴォーカルとギターヴォーカルの双子は僕と同じ15〜16に父親が蒸発。

ある種、父に見捨てられたという同じ境遇だったんです。

 

そんな彼らは自分らの人生を1stアルバムのリードトラックでその人生を歌っていて衝撃を受けました。

赤裸々に、愛していた父親に捨てられた過去を。その思いを偽らずに。

 

僕は冷たく、固くなった、物言わない遺体となった父の足を持ち、棺に運び入れたのが父との最後の触れ合いです。

最後の会話は、自殺の直前に家へ連絡してきた電話に僕が出た時のことでした。

 

いまだに処理しきれないその経験と思いを僕はやっと理解できたのがその時でした。

ああ、泣いて良いんだ。

(正直、この記事書いてる途中で既に3回くらい息が出来ないくらい泣いてます)

 

父を否定したくないからこそ、その死に無理矢理納得し、通夜も葬式も涙を一滴も流すことなく終え、親類から「冷たい子」と罵られてしまった。

 

気持ちを無理矢理整理する必要はなく、父の死も自分の感情も、矛盾があっても肯定する。

 

君は、君のままでいい

それがパンク・ロックでした。

パンクロックに出会ってから

そこから僕はパンクロックの精神に身も心も捧げることになります。

ストレートエッジというパンクロックの一種のライフスタイルに傾倒。

  • 酒を飲まない
  • ドラッグをやらない
  • 快楽目的のセックスをしない

SEX PISTOLSがパンクロックの代名詞なので、意外かと思われますが僕の敬愛するシーンのパンクロックのライフスタイルはこのようなものです。

僕はこれにより、現在も酒もタバコもやりませんし、奥さんとも8年を超えるセックスレスです(これはまた違うが)。

体づくりにも現在は怠けているものの、当時〜20代前半は毎日下記のメニューをやっていました。

  • 腹筋300回
  • 背筋300回
  • 腕立て伏せ300回
  • ダンベル上げ左右200回ずつ

24歳頃の胃もたれ沢 吐瀉夫

その結果、こんな風になりました。

163センチ45キロ。

パンクスはベジタリアンも多いので、当時はなるべく肉をさけていたのもあり、体を大きく出来ませんでしたが、かなり引き締めていました。

デートの時間に遅れてでも筋トレを優先していました(笑)

 

また、同じように悩んでいる人の助けになりたいと、当時自分がやっていたバンドの活動で出会ったライブハウスの仲間達からの相談があれば深夜だろうと駆けつけていました。

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そして僕はモヒカンになった

音楽性の変化と人間関係に悩む

高校時代に、小学校からの幼馴染とコピーバンドで始めたバンドも徐々にオリジナルになった20歳頃。

僕が初めて作ったオリジナル曲を披露すると、ライブハウスで好評を得ました。

ヴォーカルギターを担当していたのもあり、自分の曲になると感情のこもり方がまるで違うようになり、歌い方に変化が訪れました。

 

最初は先程の動画のようなポップパンクをやっていたのですが、僕が作る曲を聞いた人の感想は「メタルかハードコア好きでしょ?」。

僕はそんなものを聞いたことがありませんでした。

 

しかし、僕が作るリフやメロディはメタルやハードコアのものらしく、歌い方も感情が入りすぎて、がなるような歌い方に。

最終的にはグロウル(デスボイス)とクリーン(キレイな声)を使い分けるギターヴォーカルになりました。

 

僕が作る曲はどこか切なく、そこに絶望と渇望を乗せて絶叫するため、自分の感情を吐き出すためにデスボイスで歌うようになりました。

 

ここで小学校からの幼馴染であるバンドメンバーに言われたのが

「俺たち、そんなんじゃないからw」

 

僕にはとても衝撃でした。

学生時代から何も気にすることなく一緒にやってきた仲間と、いくつになっても楽しく音楽をやるんだと思っていた。

だけど、僕の心の闇がこぼれていたのでしょうね(笑)

 

 

僕はバンドを抜けることにしました。

僕の友だちが少ないのはこの時に、幼馴染たちとの友人との関係性自体も切り捨ててしまったことが原因です。

僕には明るく楽しいポップパンクはやれなかった。

 

社会に人生に絶望して、その中にある僅かな希望への渇望を絶叫する音楽を選びました。

いわゆる「モダンオールドスクールハードコア」と呼ばれるパンクロックに傾倒していきました。

 

僕はバンドを抜け、インターネットに自分の楽曲を載せ

メンバーを集め、活動拠点を変えて、新たにバンド活動を再開することにしました。

 

音楽で繋がった音楽の仲間と、バンドをやろうと。

そして新しくバンド結成し、数年活動を行いました。最高に楽しかった思い出です。

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LIVE中の胃もたれ沢 吐瀉夫

結果、ゲーム業界での仕事にハマり込み、忙しいこと、メンバーの転居や結婚などの事情から解散を余儀なくされましたが、今も当時のメンバーとの関係は続いています。

僕の結婚式では、そのメンバーで集まりLIVEもやりました。

 

ただ、もうバンドの人間関係に悩むのは正直疲れたので、バンドはやりたいけど、一人でマイペースに音楽をやりたいなと思っています(笑)

 

僕は今でもパンクロックが大好きです。

パンクロックは僕にとっての父代わりで、父が亡くならなければ出会うことのなかった掛け替えのない存在です。

 

僕が悩んだ時、困った時

いつも答えはパンクロックの考え方にありました。

 

心のなかに、決して折れることのない決意の旗を掲げてくれる。

それがパンクロック。

 

あの頃から僕の夢は変わっていません。

パンクキッズのクソガキがクソオヤジになって、クソジジイになって、中指立てながら笑顔で死んでいく。

 

 

だから皆さん。

パンクロックオススメですよ!!

 

Good bye!

See you again!!

(今日は奥さんが不在。僕は奥さんがいないとTVを見ないので、家でやることがないのでブログを書きまくっていてスミマセン。家は映像系コンテンツ等は感想を言い合えるように一人では見ないルールなのです。そしてこの記事書くのに号泣しまくって疲れた…。)