2月27日はポケモンの日!初代ポケモン緑とトキワの森での挫折を振り返る

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2月27日って、ポケモンの日なんだよ

あの頃は無敵だった

今日ってさ、2月27日なんですよ。

で、この日が何の日か知ってる?

そう、ポケモンの日!

1996年のこの日に、初代ポケットモンスター赤・緑ゲームボーイで発売された記念すべき日なんだってさ。

1986年生まれの僕はジャストなド世代。

いやあ、懐かしいなあ。ポケモンって今でもめっちゃ人気だけど、当時もほんとすごかったよね…。

このポケモンの日って聞くと、俺の中でどうしても思い出しちゃう思い出がある。

初代ポケモン緑を買った時のこと。あの時のワクワク感とか、ちょっとした挫折感とか、今でも鮮明に覚えてる。

 

ポケモン緑を買ったあの日のこと

目を閉じると思い出せる

小学生の頃、周りの友達がみんなポケモンの話で盛り上がってたんですよ。

教室で「ピカチュウがさー」とか「フシギダネ強いよな」とか、そんな会話が飛び交ってて、俺も仲間に入りたくて仕方なかった。

で、お小遣い貯めて、近所のゲーム屋に走ったんですよ。TVパニックだったかな?

迷ったけど、緑の方がなんかカッコいい気がして、ポケモン緑を手に持った時のドキドキ感、今でも忘れられない。

家に帰ってさ、ゲームボーイの電源入れて、初代のあのピコピコした音楽が流れた瞬間、「これから俺もポケモンマスターだ!」って本気で思ってたり(笑)

最初のポケモン選ぶ時も、ヒトカゲにしようかゼニガメにしようか散々悩んで、結局フシギダネにしたんだよね。なんか優しそうな顔してたから。

それで、マサラタウンを出て、いよいよ冒険が始まった…!!

でもさ、僕のポケモン人生って、実はそんなに長くなかったんです…。

それがね、トキワの森で完全に終わっちゃったんですよ。

ポケモンの日とか聞くとさ、どうしてもあの森での出来事が頭に浮かんでくる…。

 

トキワの森で感じた理不尽

どうしてなんだよ!

トキワの森ってさ、ポケモン始めたばっかりのプレイヤーには結構キツイ場所だよね。

草むら歩いてるとビードルとかキャタピーとか、虫ポケモンがバンバン出てくる。まだ慣れていないのに虫ばっかり出てくるマップと、「うわ、またかよ」ってなるエンカウント率、懐かしいっちゃ懐かしいけど、当時は結構ビビってた。

そこで野生のトランセルと出会ったんだ若かりし頃の胃もたれ沢 吐瀉夫。

トランセルって、キャタピーが進化した姿なので、キャタピー育てた僕はもちろん知ってる。

キャタピーって「たいあたり」を覚えてる可愛い奴。

それがレベルアップしてトランセルに進化する。野生のトランセルだって、キャタピーから進化したはずじゃん?だったら「たいあたり」覚えてて当然だろって思いますよね。

でもさ、初めてトランセルと戦った時、使ってくる技が「かたくなる」しかなくて。

頭の中が「???」ってなった。

「おいおい、待てよ。キャタピーが進化したなら、たいあたり使えるはずだろ?なんでかたくなるだけなんだよ!」って。

いや、ほんと納得いかなかったんだ。だってさ、進化したら前の技忘れるなんて、当時の俺には考えられない理不尽さだったよ。

 

その理不尽が俺をポケモンから遠ざけた

そのトランセルの「かたくなる」事件がさ、俺の中でなんかモヤモヤしてきてね。

冷静に考えれば、野生ポケモンの技って進化前の技と一致しないこともあるって、今なら分かるよ。

でもさ、当時の幼き吐瀉夫にはそれが理解できなかった。

頭の中で「キャタピーならたいあたり使えるのに、トランセルになったら使えないなんておかしい!」ってグルグルしてた。

でさ、フシギダネ育ててたけど、トキワの森で何度もトランセルに「かたくなる」されて、なんか戦う気力がなくなってきてね。レベル上げとかダルいし、この謎の理不尽さが頭から離れなくて、「もういいや」ってゲームボーイの電源切っちゃったんだよ。

それ以来、ポケモン緑のあのセーブデータに触ってない。トキワの森で僕のポケモン人生、終了だよ。

今思うと笑えるけどさ、当時はほんと真剣に悩んでたんだよね。

あの小さな画面の中で、トランセルの「かたくなる」が俺の心にデカい壁を作っちゃったんだ。

ポケモンの日は嬉しいんだけど、どこかで「あの時乗り越えてたらなあ」って少し切なくなったり。

 

あの頃の自分とポケモンの日

ポケモンの日ってさ、今じゃ新しいゲームとかアニメとかで盛り上がってるよね。

友達が「ソード・シールド面白いよ」とかって誘ってくれるけど、やっぱり初代ポケモン緑が特別なんだ。あのドット絵の粗い感じとか、単純だけど奥深いシステムとか、当時の思い出が詰まってるから。

でも、トキワの森での挫折があってから、ポケモンって俺の中で遠い存在になっちゃった。

みんなが「ピカチュウ可愛い!」とか「伝説のポケモン捕まえた!」って話してるのを聞いてると、ちょっと羨ましい気持ちもあるんだよね。

あの時、トランセルの「かたくなる」を笑いものにできてたら、俺も今頃ポケモンマスター目指してたのかなあ。

でもさ、この思い出って悪いことばっかりじゃないよ。

あの理不尽さにムカついた気持ちとか、小学生の自分が真剣にゲームにハマってた時間とか、今振り返ると結構エモい。

ポケモンの日が来るたびに、あのトキワの森の薄暗い草むらが頭に浮かんで、ちょっとだけ心が温かくなるんだ…多分。

 

ポケモンと向き合うきっかけになるかな

今なら向き合えるはず

最近さ、ポケモンのリメイクとか出てますよね?

初代のリメイク版とか見てると、「もう一回やってみるか?」って気持ちが少し湧いてくる。

トランセルの「かたくなる」も、今なら笑いながら受け入れられる気がするんだ。大人になった今なら、あの理不尽さも楽しめるかもしれない。

ポケモンの日って、昔の自分を思い出すいい機会になったなと思うこの深夜1時。

トキワの森で挫折した俺だけど、今ならあの森を抜けて、もっと先の冒険を楽しめるんじゃないかなって思うんだ。もしこの記事読んで、「俺もポケモンで挫折したことあるよ」って共感してくれた人がいたら、ちょっと嬉しい。

結局さ、ポケモンってゲーム以上の何かだよね。

あの小さなカートリッジに、子供の頃の夢とか葛藤とか、全部詰まってる気がする。

2月27日がポケモンの日だって知って、またあの緑色の世界に戻ってみようかなって、少しだけ思ってる。

ポケモンGO久々起動するかなぁ…いやあれじゃダメか…w

 

ポケモンの日とあのトランセル

2月27日はポケモンの日。

初代ポケモン緑を買って、トキワの森トランセルの「かたくなる」に納得できなくて挫折した俺の思い出は、今でも心に残ってる。

あの時の理不尽さは、当時の俺には受け入れられなかったけど、今振り返るとちょっと愛おしさも感じる。

まだ子どもだったあの少年も今ではかたくなるトランセルをぶら下げたおじさん…。

 

ポケモンってさ、ただのゲームじゃなくて、子供の頃の自分を映す鏡みたいなものかもしれない。

この記事書いてて、あのトキワの森での葛藤がと思い出に浸れてちょっと懐かしさに酔いしれてます。

あーデジモンしたくなってきちゃった(なんで)