オッス!オラ吐瀉夫!
ということで、タイトル通り、仕事を年内で辞めることにしました。
この記事はこちらに移設しました。
良かったら見ていってください。
オッス!オラ吐瀉夫!
ゲーム業界で働く30代!
最近はゲーム業界を目指す若者が増えてるそうで、自分もゲーム会社の人間として専門学校とのアポが増えている。
Twitterでもゲームプランナーを目指す専門学生、大学生向けのツイートをよく見かける今日このごろ。
でもね、自分は25歳でこの業界に入ったタイプなんだよね。新卒でもないし、バイトで。
ゲーム業界に入る人って、いわゆるCS(カスタマーサポート)、QA・デバッガーっていう最下流の職種が一番人数が多く、恐らくこれは新卒より未経験中途が圧倒的。
そしてそういう人向けに、自分の経験が一つの道筋として面白い情報にもなるのかなと思ったので、綴ってみようと思う。
もし、ゲーム業界に飛び込んでみたいけど、経歴や年齢を理由に臆している人がいれば、読んでみてもらいたいと思う。

25歳の当時、自分は既に何度も転職→バックレを繰り返し、酷い人生を送っていた。
仕事なんて、生きていくために仕方なくやってるだけで、面白くねーし、気に入らなきゃすぐ辞める人生。
以前ほかの記事でも書いてたけど、自分がゲーム業界に入る前の職歴はこんな感じ…
(自分で今振り返って見てみてもこれは酷い…)
- 高卒で塗料会社に就職する:1年この仕事を続けるのが嫌になってバックレて退職する
- コンビニで深夜のアルバイトを始める:1年
この頃、同時にイラストのお仕事をしたりして漫画家を目指していた…が飽きる(笑)
そしてコンビニで一年も働くと、流石にそろそろちゃんと働こうと決意する- 故障した携帯電話の解析業務担当の派遣社員になる:3年
ここが厄介で、派遣元が変わったり、派遣先が変わったりで所属が3回ほど変わり、同じ仕事をしてるのに履歴書上では3回転職した内容になります(笑)
長く勤めたが、25歳間近になり
正社員にならなきゃいけないんじゃないかと焦り、
退職し転職活動を始めるが、なかなか仕事が決まらない- 繋ぎで飲料メーカーで製造担当の派遣社員になる:三か月
三交代制が辛くて三か月くらいでバックレる- 繋ぎで住宅メーカーで組み立て業務担当の派遣社員になる:3日
あまりにも肉体的疲労が凄くて3日でバックレる- 某インターネットインフラ企業コールセンターの派遣社員になる:2ヶ月と3日
まさかの新卒と一緒に座学を2カ月みっちり受け現場に配属。
人見知りでクレーマーの相手が辛くて転職を検討していたころ、
すぐ近くのゲーム会社の求人を発見し、すぐさまバックレる
とまぁ、こんな流れ。
6番の某インターネットインフラ企業コールセンターの仕事を辞めたいなーと思っていた時に、求人フリーペーパーでゲーム会社の求人を見つける。
「未経験可」の言葉に強く惹かれたのを覚えている。
応募したところ大規模採用だったためか、5人単位でのグループ面接だった。
そのまま採用され、配属されたのはリリースを数カ月先に控えたオンラインMMO RPGのデバッグチーム。
出来ればプランナーになりたかったが、アルバイトのデバッガーとして採用された。
ネトゲをしない自分には全くわからない世界だったが、同期のバイト達がネトゲ廃人に片足を突っ込んでいるような人ばかりで、色々専門用語を教えてもらった。
しかしながら、ゲームの知識でリードされてる分、積極的にいろんな業務にチャレンジして頑張ったっけ。
ただし、そんな頑張りも虚しく、リリース直後から売上が芳しくなく、プロジェクト人員の大幅削減が必要となり、デバッガー歴半年で異動することになった。
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入社した会社はゲームがメインの会社ではあったが、他にWEBメディアや様々なアプリを開発していたのもあり、当初リリースされたばかりのチャットアプリのカスタマーサポートチームに異動となった。
ここでの経験はなかなかに辛かった。
メール対応なんか好きでもないし、テンプレ対応のつまらない作業。
さらに追い打ちをかけたのが、速度重視のテンプレ返信が苦手という自分の知らなかった一面。
周りの同僚誰一人にもメールの対応件数で勝てない。ノルマもこなせない。
自分の弱みが分かったから、自分の強みで戦おうと思った。
なぜ対応件数で勝てないのか考え、調べた。
どうやら自分はユーザーのメールの文面をしっかり読み、内容を分解して、理解することに時間をかけているようだった。
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同僚の対応を調査すると、ユーザーの問い合わせ内容の表面をすくって、当てはまるテンプレを返しているものの、よくよく読んでみると違うことをユーザーは言っていて、結局またユーザーは返信してくるという無駄なコストが発生していることが度々起きていることを突き止めた。
つまり自分は、ユーザーに対して正しい対応を行う精度が高かった。
それを武器にしようと思った。
上司に報告した結果、チームメンバーの対応品質チェックと新入社員の育成・研修担当になった。
この自分の強みで戦うことは、効率のいい貢献に繋がり、活躍できて評価されるという一つの成功体験として今も意識している。
しかしながら、ここで大きな問題にぶち当たる。

そもそもゲームの仕事がしたくて入ってきたのに、ゲームのCSですらないためモチベーションは皆無だ。
徐々に出社する足が鈍り、週に2日くらいしか出社しないようなクズバイトに成り下がった。
ゲーム事業部への異動希望も何度も出したが、急成長するアプリを運営するチームメンバーをわざわざ異動させる理由もなく、却下された。
しかし、ゲーム事業部とアプリ事業部が分裂することになり、アプリ事業部は新会社に移ることになった。
このタイミングをもちろん逃すわけがなく、自分はここでゲーム事業部に戻ることに成功する。
1年半にも及んだカスタマーサポートからの卒業だ。
いや、ってかあんなに会社サボってたのにホントなんでクビにならなかったんだろう(笑)
出社しなさすぎて月5万とかだったよ給料。

念願のゲーム事業部へ戻ると、異動先として提案されたのは小さいチームではあるもののオンラインRTSゲームの運営チーム。
ポジションはディレクター兼プランナーだった。
ついに企画職、しかもいきなりディレクター!?という願ってもいない話に飛びついた。
これが地獄の始まりでもあったのだが…(涙)
ディレクターとは言っても、実作業するプランナーは他にいないのでプログラマー、デザイナー、デバッガーの各担当と連携・作業をディレクションしながら、自身で企画書・仕様書・マスタを作っていく必要がある。
もちろんロードマップの設計、戦略カレンダー(施策スケジュール~売上目標・見込み)の設計もやる必要がある。
企画職経験無し、CS1年半やったけどゲーム業界歴で言うとデバッガー歴半年だけの自分にはかなり大変な仕事だった。
毎日24時近くまで残業だったものの、本当にたくさんの事を学べた。
新機能や新型イベントの企画・仕様・実装も経験出来て、この後にも色々と活かせるいい勉強が出来たと思う。
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ディレクター兼プランナーと業務を始めて10ヶ月ほど経った頃、体にある症状が表れ始めた。
朝に起きれない、夜に眠れない。
会社に行こうとすると動悸がする。
病院で診断されたのは、うつ病だった。
2週間休職して、復帰したもののすぐに再発し、当時バイトだった自分は(バイトなのにディレクターて)契約期間の更新をしないと上司から言い渡された。
理由は分かっていた。
ディレクター兼プランナーとして頑張ったものの、元々コミュ障だった自分はディレクター/プランナーに必要なコミュニケーションがクソ以下だったからだ。
チーム内で先輩に当たる人達との関係性を良好なものにするための努力をせず、ひたすら無言で毎日作業をしていた。
「結果さえ出せば良い」
そんな驕り高ぶった考えで、朝から帰りまで挨拶もせず、一言も喋らずに仕事をしていた。
40度の熱が出た日も朝イチで点滴打って出社して仕事をした。
タスクをこなすことが仕事だと思っていた。
そんな仕事の仕方をしているヤツに、人はついてきてはくれない。
長寿運営タイトルで、複雑化した仕様。PC向け戦略ゲームゆえの難解なバトルシステム。ろくに理解できていない新人の自分はもっと周りからアドバイスを受けるべきだった。
新しい企画を考えても、いつも言われるのは「意味が分かりません」の一言。
理由を聞くこともせず、ゼロから企画書を作り直す自分。
そんな事を繰り返し、開発スケジュールが遅れ、チームメンバーに休日出社をさせてしまう未熟なディレクター。
自分のまいた種で、自分を追い込んで、それでうつ病になったという…。
当時の自分をぶん殴りたいですマジで(笑)
そうやって、迷惑を掛けるだけ掛けて、産まれて初めて身をおいたゲーム会社を辞めることになった。
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うつ病の原因は当時の仕事、組織・人間関係だったため、1ヶ月ちょっとの無職期間で回復。
断薬もスムーズに出来て、転職活動を行ってく中で1年弱のディレクター兼プランナーの経験を評価してくれた会社が多く、3社で内定をもらった。
その中で、某有名IT企業から2ヶ月前に立ち上がったばかりの子会社でプランナーとして仕事をすることにした。
雇用形態は個人事業主。バイト時代よりグンと給料は増えた。
この会社を選んだ理由は、周りの人間と比較して相対評価せず、絶対評価される環境で頑張りたかったから。
0からスタートしたかったからだ。自分に自信がなかったからだ。
前職の驕りを捨てて、素直に愚直に真摯に働こうと決めた。
入社すると立ち上がったばかりの子会社で役員以外は自分だけ。
オフィスは間借り、0からのスタートに丁度いい。
親会社のスマホゲームの運営の手伝いが最初の仕事。
スマートフォン向けソシャゲのイベント担当プランナーとしてアサインされた。
この会社が自分を大きく成長させてくれた。
自分のメンターである取締役から色々と仕事を教わった。
ゲーム運営における取締役が担当していた業務があれば全て「それ、自分にも出来ますか?教えて下さい。次回から自分がやります」
そう言って奪い取っていった。
深夜残業、徹夜、朝飯を食う時間も取締役と二人で何度過ごしたか。
飲み会が終われば二人でオフィスに戻り仕事をした。
仕事が楽しくて楽しくて、たまらなかった。
任せてくれる、信じてくれる、こんなに嬉しいことはなかった。
会社ではフザケて冗談を言ったり、面白可笑しく過ごせるようになった。
これはもちろんメンターである取締役のおかげだと思う。
このメンターへの思いはこちらに書いているので、興味がある人は読んでみてほしい。
この会社で仕事するようになって半年が経った。
取締役は会社の経営の仕事に専念出来るようになり、自分もいつの間にかイベント担当プランナーだけではなく、全てのプランナー業務を一人で回せるようになっていた。

半年経った頃、取締役から会議室へ呼び出された。
「このタイトルをこの会社で運営引き継ぐから、プロデューサーをやってほしい」
この半年の自分の働きぶりが認められて、一本まるまる運営してよ。
そういう話を親会社からされたそうだ。
プロデューサーといってもディレクターも兼務なので、引き続きゴリゴリ現場仕事をすることに。
それと同時に個人事業主ではなく、正式に取締役の部下として社員化されることになった。
こうしてプランナーとしてジョイン半年でソシャゲのプロデューサーになった。
計3年半で、それまで工場で派遣社員したりコンビニで働いていた25歳だった何もなかった男は、仕事の面白さを知り、ソシャゲのプロデューサーになった。
なお、この後すぐに新イベントの企画~リリースし、大きな成功を収め、1年後にはもう1タイトルのプロデューサーも兼務することになる。
前職と同じミスをしないように、チームメンバーとのコミュニケーションも頑張ったなぁ…(笑)
気づけば役員以外自分一人しかいない会社も、50人を超える規模に。
オフィスも間借りから、引っ越し。
ベンチャーの成長をその場で体感することになった。
この時の経験がたまらなくて、実は今も別の会社ではあるが支社の立ち上げ責任者として奮闘している。もちろんゲーム企画職として働きながら。
ちなみにコミュ障は治ってないものの、コミュニケーションは引き続き頑張っていて、今では自分が以前辞めた会社の部下や同僚からも仕事や転職の相談が来るほどに。

結論として、「未経験でもゲーム業界に入れるし出世できる」。
高卒でも、未経験でも、中途でも、入りはバイトでも。
これは自分の経験が実証していると思う。
なお、自分は終始地方都市で生活しているため、東京で挑戦したい人はもっとチャンスも会社も多くあることだろう。
プロデューサーという肩書は凄そうだけど、コンシューマを除いても何百タイトルものゲームが開発・運営されている。
そのタイトルの数だけある肩書だと考えてもらっていいだろう。
そして何百タイトルもゲームアプリがリリースされるようになったように、市場の広がりと共に、人材が必要とされている。
自分が入れたようにデバッガーやCSは未経験でも比較的採用している職種だ。
中途でゲーム業界に入りたいと思っている未経験者が狙いやすいと思う。
もちろん他の職種でも未経験可で募集していることはあるだろうが、難易度はグッと上がっていく。
例えば、プランナーを目指すならQA・デバッガー、カスタマーサポートからゲーム業界入りして、そこで頑張って評価を獲得してから、プランナーに抜擢してもらうのがRPG的なレベルアップの道のちで現実的。
自分自身、プロデューサー時代に特にデバッガーからプランナーへ引き上げた人は何人もいる。
また、中途採用もよくやっていたが、未経験でもシッカリと社会人経験のある人は一定の常識があったり、フルタイム頑張ってくれそうだなとかそういう印象で採用したりも。
年齢や経歴を言い訳に諦めてしまうより、まずは飛び込んでも良いと個人的には思う。
芸術家 岡本太郎の言葉にこういうものがある。
「人間にとって成功とはいったいなんだろう。
結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。」
この言葉が好きで、努力、下準備なんてものは後回しにして、まずアクションを起こすことを大事にしている。
自分がフリーペーパーでこの業界に飛び込んだ時に比べたら今はゲーム業界の求人情報も収集しやすい時代になったしね。
まぁなんかキレイにまとめた文章にはなってないけど、何かしらの参考になれば幸いかな。
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オッス!オラ吐瀉夫!
もう2020年も残すところあと僅か。
明日には2021年が始まるわけですよ。
今年は未曾有の事態に陥りましたね…コロナで困っている人もいるかも知れませんが、少なくとも僕の周りは、地方なおかげか大きな問題もなく無事に過ごせていて、ほっと胸を撫で下ろしています。
コロナに社会が適応・変化する中で僕は今回転職したりとトピックがあったので、それらを振り返ってみながら2020年を締めくくろうと思います。

最後に持ってくべき結論ですが、最初に持ってきます(笑)
今年ほとんどブログ書いてないです(笑)
別ブログを閉鎖して、そちらの記事をこっちに移したり、過去記事の更新がメインでしたね。
本当はふざけたブログも書きたいのですが、最近は仕事も忙しくて書けなくなっています。
あとはアレですね。「ブログを書く」という習慣がなくなってしまって腰が重くなってしまっている。
でもブログネタ用に写真はいっぱい撮ってるんですよ?
もう少し頑張らなきゃなぁ…せっかくPRO代毎月払ってんだし…(結局まだ辞めてないし、まだ毎月更新しているwwっw)
ちなみにブログでの収益は全然もう上がってなくて。アドセンスがPRO代くらいじゃないかな??
週2時間ほどの労力でブログ以外で毎月3~4万はコンスタントに稼いでくれるコンテンツが生まれたので、ここ最近はもうそんな気にしてもいなくて。
来年ものんびりやりたいと思ってます。

現在転職していますが、当時の僕が勤めていた会社はいち早くリモートワークを2020年2月後半から開始。
以後、2度ほど出社しましたが、2020年3月以降で出社したのはその2回だけ。
転職もZOOM面接だけだったし。
転職後の現在も一度も出社することがなく(というかオフィスがない)、現在に至ってるので、ホント現代的な感じ。
おかげで色々と環境周りの整備に力(お金)を注いできた。
特に運動不足が激しいので、エアロバイクはめっちゃ重宝しています。
値段も手頃なのでオススメ。冬場はただでさえ外に出たくないし運動しなくなるので(笑)
椅子やモニター台も買い替えたけど、リモートワークで目が疲れることも増えたので、こういうアイテムもマジで重宝してる。
いわゆる『めぐりズム』の繰り返し使えるヤツなので、非常にお得。
寝付きが良いし、冬場の寝る時って布団で体は温かいけど、暖房しっかりしてないと顔が寒いじゃないですか。
特にまぶたが僕は冷たくなっちゃうので、これがあると本当に快適。オススメ。
今年は母の日の帰省を諦めました。
その代わり、Amazonでプレゼントすることに。
これをキッカケにAmazonで贈り物する文化が自分の中に根付いちゃって(笑)
お歳暮もAmazonで送ったりするようになったんだけど、いやはや便利。
すっかりハマっています。楽だし、商品は豊富だし、コロナで出かけられない現在、商品を購入しに出かけるのも気がひけるので本当に助かっています。
もう、これが全てなんですが、本当に感謝しかないです。
人との繋がりの重要性を知れましたよ。
50人近くから寄せ書きもらったり、自分が思ってる以上に人と関わっていて、自分が思ってる以上に人に影響を及ぼしているんだなと。

転職後も、この学びを活かして、「自分ならでは」の働き方を模索していきたいものです。
うおおお!来年も頑張る!あたい頑張る!!
昔はライブハウスによく行くパンクキッズだった僕。
最近はとんと距離を置いていたのですが、いろいろなフラストレーションを抱えるこの環境下。
久しぶりに行ってきたんですよ。
背中を押してもらえたと言うか、良い時間をもらいました。
また、長年の付き合いであるハリケーンミキサーGtケンタさんと連絡先交換できたの嬉しかった。
ギター再開中…!楽しい…!
こちらにも書かせていただいたのですが、今年はリモートが浸透したせいかネット上のコミュニケーションが楽しかったなぁと。

特にTwitterでふざけることが多い僕ですが、上記記事でわべ氏からもらっただけじゃなく、フルーツさんからも追加で本をいただきまして。
もう…お前ら…大好きだぞ!
なんかお返ししたいから、覚悟しとけよ!(`;ω;´)
来年は皆への感謝を、ブログを面白おかしく頑張りながら伝えていきたいものだぜ。
みなさん、今年もお世話になりました。来年はよろしくね!!
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オッス!オラ吐瀉夫!
このたび、転職が決まり有給消化期間にGoToトラベルを利用して、東京旅行に行ってきた!
僕は東京旅行に興味があまりない(仕事で何度も来てるのもあるが、遊びとか買い物とか興味がない)のだけど、行ってきましたw
しかしながら、猫が心配なので1泊2日の短い旅行。うちの猫はペットホテルが駄目な子でなおかつ人見知りが激しいのでペットシッターも呼べない。そのため1泊を限界ラインとした。
ほんで、ついでだから現職でお世話になった方々への挨拶と、転職先へも挨拶をしたいなという話をしたらあれよあれよとお誘いが入り。
現職のお世話になったプロジェクトメンバー、転職先の社長とチームメンバー、転職先親会社の人事(採用周りで関わった)、今回の転職先を紹介してくれたエージェントと4つのアポが確定。

2日目に4箇所挨拶まわりを入れた。
ということで、東京旅行へ出発。
1日目はホテルのチェックインまで渋谷で暇をつぶし、その後浅草のホテルへチェックインして浅草観光と夜はスカイツリーへ登ってきましたよ。まぁこのあたりの話はまた今度書きます(多分、気が向いたら。やっぱ書かないかも。)。
そして2日目。
2日目は4箇所を挨拶回りするためほとんど観光が出来なかった。
しかしおかげでお世話になった方々へしっかりとした挨拶が出来たしめちゃくちゃ有意義な時間を過ごせた。
今の会社で「人の繋がりの大切さ」を学んだこともあって、今回なんとガッツリ手土産を用意。
偏りもあるものの、4箇所に対して合わせて1万3千円相当。
別に値段が大事ではなく、気持ちを伝えるのに「こういうものを渡したい」という思いから手土産を選んだ。
同じのはなかったけど、これのご当地Verを仲の良いプロジェクトメンバー(立場上では向こうが取引先でクライアントにあたるのだが)数人に渡したりました(キリッ
他にもまぁこちらならではの名物とか色々。
そしたらね、プロジェクトメンバーも転職祝いということで…

入手困難なリングフィットアドベンチャーの抽選販売にチャレンジして、なんと見事当選。
しかも同時に僕も申し込んだものの、抽選から外れた僕に…これをプレゼントしてくれたんですよ…。
ちょっと…ここまでしてくれんの!?愛されすぎじゃない!?
本当に嬉しかった。そしてもう一つ嬉しかったことが。
その後、仲の良いプロジェクトメンバーとランチに行った時の会話。
ランチに行ったプロジェクトメンバーはプロジェクトのトップ3で、いわゆるプロジェクトリーダーとプロジェクトマネージャー2名の3人。
僕はこのプロジェクトのとあるセクションを任されている下っ端マネージャーであるものの、仕事観・価値観が合うこと、前職での経験(僕自身がプロジェクトを率いていた身であること)も手伝って、所属会社も働いている場所も別であるにも関わらず(僕は地方にある子会社所属)仲良くしてもらっていた。
正直、僕がいる子会社は地方であることや立ち上げからまだ数年で色々と人材も整っておらず、親会社出身の3人から見てもまだまだだと思う。
実際、そんな子会社に1年半前に入社した頃は周りの皆は地方拠点コンプレックスを抱えている…と言うか、東京親会社に怯えていた。まぁ仕事をくれるクライアントになるわけだし、わからないでもないんだけど。
そこを僕なりに(遠慮なしに)セクションの業務領域を広げてプロジェクトへの貢献度を上げていったところをとても評価してもらえていた。

この3人とまだまだ仕事がしたかったし、だからこそお礼を伝えたかった。
そして、この繋がりを大事にしたかった。
ランチの中で自分からもそれを伝えた。また、いつか機会があれば一緒に仕事がしたいと。
3人とも同じ気持ちでいてくれていたことを教えてもらえた。それがまた嬉しかった。
お互いに出世して、いつかまた仕事できるように頑張ろうと、4人でLINEを交換。
価値観の近い、尊敬出来る人と話しているととても楽しい。特別な時間を過ごせたなと感じ、感謝を噛み締めながらその場を後にした。
嬉しい気持ちでまだまだ話したかったけど、時間が来たので…。これでサヨナラってわけじゃないしね。
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ほんで、その後はお世話になる転職先親会社の人事に挨拶と、書類周りの手続き。
転職先に出資している会社が一応親会社という形になっていて、そこの人事Aさんが人事・採用まわりは担当しているそう。
なので転職先とは違うオフィスへ挨拶に向かい、郵送でやり取りするはずだった書類手続きをその場で説明受けながら1時間ほど対応。
(ちょっとビビったのは給与が事前にもらった雇用条件通知書と異なっていたこと。誤りを指摘したら、修正してくれたけどさ。ちょっと言いづらかった…。)
あんまり話すことも無かったので(人見知りだから)、雑談もほどほどに最低限のお土産を渡して退場。
これから、ヨロシクオネガイシマス。
そして、そのビルの別フロアで待っていてくれた転職エージェントのXさんと初対面。
初対面つってもZOOMで一度顔は合わせてるんだけど。
いや~ほんと…あんな放置していた転職サイトのレジュメ見て声かけてくれてありがとうございますって感じです。
リモート面接も初めてだったけど、こんなにエージェントが色々交流してくれたのは初めてでビックリ。
雑談好きなのも手伝って、メールのやり取りは100通近くに上り、入社確定後もLINEを交換したり、入社した今も励ましの連絡や人事経由で知り得た情報(先述の人事Aさんと仲が良いらしい)から僕の評価を伝えてくれたり。
恐らく入社3ヶ月以内に退職されたくないってのもあるんでしょうけど、それでもありがたい。
あと、入社祝いってことでXさんからアマギフ5000円分もらいました。退職祝いでチームメンバーからもアマギフ1万円分もらったし、転職サイト経由での転職になるのでそこからもアマギフ1万円分もらえるし、ちょっと最近Amazonがはかどりすぎますね。
話が逸れましたが、まぁXさんとは積もる話があるわけでもないので、お互いにお礼と僕からは手土産を渡して解散。
本当にありがとうございました。
そして、転職先の会社へと移動。
今まで渋谷あたりへの出張が多かったものの、あえて少し落ち着いたところに泊まってたんですが、まさかのその町が転職先の本社。
まだ若い会社だが、僕より同年代から上のベテランが半分を占める会社で、新鮮な空気(転職前の会社では二番目に年上だった僕)。

プロフェッショナルな個人プレイヤーが揃った組織ゆえに、ピリッとした空気を感じつつも、社長から紹介されたチームメンバーは人柄の良い人ばかり。
そんな人達とお互いに自己紹介をし合って、合流するチームの方々とプロダクトの話を出来ました。
1時間ほど話して、そろそろ飛行機の時間があるのでと…。
最後に東京の方々が食べたいとチャットで話していたこっちのお土産を用意していたので、それを渡してエレベーターまで見送り。
これから、よろしくお願いいたします!
ほんで、帰り際に社長から封筒を渡されたんですね。
オフィスを離れた後に中を見てみると、1万円。
すぐさま社長へLINEをして、歓迎のお礼と封筒の中身について質問。
わざわざ旅行から時間を割いて来てくれたこと、お土産を多数買ってきてくれたことへのお礼です、と。
つっても3千円くらいのお土産にそこまでされたのは気が引けたけど、前回社長がこちらへ来てくれたときにも手土産を渡していたので、恐らくそれらを踏まえてのお礼だろうと思い、ありがたくいただきました。
今回、ちょっと汚い話になるかもだけど、使ったコスト(時間とか旅費は別として)以上にリターンを頂いたんですが、なんかそれって
そのコストを支払いたいと思える相手がいるからこそ、このリターンがあって
そういった関係性を築けていたり、自分からまずはGiveすることが大事なんだなって、そう感じた機会でもありました。
直近までお世話になった会社で学んだ「人の繋がりの大切さ」。
それを大事にするために行った今回の動きが良い方向に転んだこの成功体験は、今後の自分の立ち回りで大事にしたいものだと感じれた。
これが凄く良い収穫だったなと思う。
引き続き、繋がりを大事にしたいし、繋がりは薄れさせちゃ駄目だと思って、最近は元同僚達と会う機会を積極的に取ろうと動いている。
そのおかげでめっちゃ飲み会が増えてしまっていて…(笑)
働くことって、僕にとっての人生の大半を占めると思うので、これからも楽しくハッピーに働けるように、自分を取り巻く人達との繋がりを大事にしていこうと思う。
新しい仕事、ワクワクしながら頑張るぜ!!
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オッス!オラ吐瀉夫!
2019年上旬に今の会社に転職して幾星霜(使い方あってる?)。
自分なりに会社にも馴染み、仲の良い同僚も増えてきたんだが、ここ最近は寂しい話が多いぜ。
ちなみに淋しい病と書いて淋病と読む。
何も意味は無いぜ。ただ言いたかっただけだぜ。
時を戻そう。

今、僕は某IT系企業の地方拠点でCS系のマネージャーをやっている。
まぁ地方といっても、東京以外にも色々とそういう会社が多い土地なのだが、いわゆるオペレーション拠点というか、コストセンターのような立ち位置の業務や、検証系の下層レイヤーのお仕事を低賃金で未経験の地方人材にやらせるといった拠点ばかりなんだけど。
現在はプロジェクトの末端として仕事する身でありながらも、元は小さいながらもプロジェクト全体を率いていた身なので社内の他社員よりはマシなお給金をもらっている僕(そりゃ若手の未経験ばかりに比べたら条件が上がるのも当たり前なんだが)。

確かに前職よりは少し給与は下がったが、売上やDAUといったKPIの重圧から逃れ、のびのびダラダラと仕事を出来て、こんな人生もアリか…。
と思ったのも束の間、周りは未経験人材ばかり。
PCを取り扱う会社なのに、入社後にタイピング試験などを行うなど謎の運用。
そんな使えない新人の世話を押し付けられ疲弊する現場。
ググり方や、SUM関数レベルからグラフ・表作成のやり方まで教えなければいけない。
まぁ、でもこの会社を良くしようなんて思わないから、いちいちこういった問題について発言しないんだけど…。
この会社が掲げる特殊な思想、ビジョンに全然マッチしないのだ僕は。
端的に言えば理想主義。崇高な理想を追いかけることを何よりの美学としていて、その中での成長や、出来たことを振り返り、働きがいに繋げる。

ここで働いている人間は「働きがい搾取だ」なんて言う人もいるが、それについて僕からはノーコメントだ。
まぁ、低賃金でノースキル人材を長く働かせてる会社なんて、どこもそんなもんだろう。
それでも良い部分はある。そういう会社だから人格は良い人が多いことだ。
ただ、人間として良いだけで、ビジネスマンとしては未熟な人が多いと感じるので、仕事で付き合うのは本当に疲れるところもあるけれど…。

これまで同じ業界で数社渡り歩いてきたけど、こんなことある?みたいなカルチャーショックを受けた。
人材が問題なのか、組織文化が問題なのかは分からないが、それを許容してきた組織にも、現状そうなっている人材にも何らかの問題はあるだろうが。
いや、正確には僕の主観でそう思っているだけで、会社にとっては問題じゃないのかもしれない。
ただ、1年半務めても僕の価値観は変わらなかったってことは確かだ。
競争社会の資本主義において、成果主義の同業他社で働いてきた僕には、今の会社の文化にどうしても馴染めなかった。
一緒に人とは仲良く出来るが、トップが目指す価値観にはどうしても納得できなかった。
こんな僕だから、社内では「合理的」「成果至上主義」の男として認識されていた。
そんな僕がこの会社で仲良くなれたのは、そういった同じ価値観を持った二人の同僚だった。
何故か共通して2人とも前職が営業マン(元●クルー●グループとか)だったけど、以前の僕の仕事と同じように売上に追われ成果主義の会社で生きてきた人達だった。
2人ともこれからのキャリアのために、他業界からこの会社へ入ってきた人達だったから給与は低かったものの、自分のノウハウとするために採用人事、マネージャーのポジションで頑張っていた。
そんな2人とは仕事観が特に合い、僕含め3人とも別部署ながら一番仲良かった。

簡単に言ってしまえば、会社に合わない異分子が集まっては、成果を狙うなら「こうあるべきだ」みたいな話をして自分たちを慰め合うだけなんだけどさ。
でも、逆に言うとそういった社会で生きてきた人間がやっていける場所じゃなかったって事だろう。
と言っても僕は最近は、どんな文化だろうと、期待されていることに応えるために全力を注いでいるので、意外と評価されていたりする。
そんなこんなで先月、その2人が退職となった。
いずれも前の業界に戻る形での転職だった。
コロナの影響下で転職活動は大変だったろうけど、転職相談にもずっと乗ってきたので、なんだか少し安心した気分だ。
今よりは給与は上がるし、会社文化も合いそうだ。やりがいもありそうで何より。
少し、寂しい気もするが、彼らの将来を考えると今よりは絶対に良い。

先月の退職前に、彼らと飲んだけど本当に晴れ晴れとした顔だった。
経験もあり、他で稼ぐ手段を持っている彼らだ。
方針に全然納得できていないこの会社でも、必要とあらば深夜まで残業してやり抜く根性もある。
これからの道を応援している。
僕はこの同僚のおかげで、昔の上司に謝罪をすることが出来た。
本当に感謝しても感謝しきれない。
また、いつか一緒に働けたらと思うけれど。
それぞれが違う業界だから、もう同じ道を歩むことはないだろう。
ここでEVE6のPROMISEという曲の一節を借りたい。
君の気持ちを無駄にしないように約束する
君が君の道を行こうとも、僕は我が道を行くことを約束する
君の目を真っ直ぐ見て嘘はつかないと約束する
君を落ち込ませないようにすると約束する
別々の道を行こうとも、お互いの信頼を裏切らず、それぞれの道を歩いていくことに努めていきたい。
もう次の道を歩み始めた2人だが、実は今週末3人で飲むんです(アルコールアレルギーなので僕は飲めないが)。
まだ前回から1ヶ月しか経ってないけど、彼らの近況を楽しみにしている自分がいる。
僕も実は、お誘いがかかっていて。
そもそも、仲の良い同僚や価値観の合う同僚ばかりが辞めていく。
それはそういうことなのだろう。
今週末、僕も彼らに嬉しい報告が出来そうだ。
ちなみにEVE6は本当にオススメだから是非聞いてほしい。
SpotifyやAmazon Musicにももちろんあるので。
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オッス!オラ吐瀉夫!
ちょっと前の話(去年)になるんですが、一昨年まで働いていた会社のメンター(上司)に謝った話を綴りたいと、ずっと思っていたのをやっとここに投下します。

まず、僕とメンターの関係性について。
メンターって何?上司じゃないの?と思う方もいらっしゃると思うので、軽く説明しますと、その方は僕にとっての上司であり、メンターでもあります。
ただの上司だったら、今回のような行動は起こさなかったと思います。
IT系企業では、精神的な師弟関係をメンター(師)とメンティー(弟子)。
また、技術的な師弟関係をトレーナー(師)とトレーニー(弟子)と呼ぶことが多いと思います。
教育指導の担当みたいなものをイメージしてくださると分かりやすいかもです。
僕も以前はこういう言葉、好きじゃなかったし、会社の人間に精神的な師弟関係とか求めてねーよっていうタイプでした。
しかし、間違いなく僕にとっては「メンター」なのです。
だからこそ、あえてここではその上司をメンターと書いていきます。
今の会社に2019年から入社して、改めて「メンタリングマネジメント」という本を読む機会があり、色々と感じるものがありました。
その感想はかなり粗雑ですが、下記にサラッとまとめています(あまりパーソナルな感想にはなってないので、今回の話にはひも付きません)。
僕とメンターの出会いは2015年。
当時の僕はオンラインゲームのディレクターの経験を積み、新しい会社で更に経験を積もうと出来たばかりのIT系ベンチャー企業に入社しました。
そこは本当に立ち上がったばかりの会社で、社長と取締役と執行役員だけがいるオフィスでした。
社長は他の会社でも代表を務めているため、基本的には取締役がほとんどの意思決定をするような組織で、エンジニアである執行役員が技術的な面でサポートするといった形。
この取締役が僕のメンターとなります。
メンターの面接を受け、僕はプランナーとして入社し、メンターの仕事の手伝いをしました。
当時の業務は、親会社のゲーム運用のサポート。
メンターは、もともと親会社でスマホゲーの企画〜運用を一通り行い、プロデューサーを務めていた人。
ちなみにメンターは僕より2歳ほど若いものの、25歳からゲーム業界に入った僕よりも経験を積んでおり、年を気にせず尊敬出来たし、様々なことを学ばせてもらいました。
その甲斐もあってか、半年後にはお手伝いではなく、僕がプロデューサーとしてチームを率いてゲーム運用を行い、その1年後にはまた別のタイトルでもプロデューサーを務めることに。
気付けば僕を入れて4人しかいなかった会社は、ほんの1〜2年で50人を超える規模になっていました。
チームメンバーからも慕われ、会社でも古株ということもあってか伸び伸びと仕事をさせてもらいました。
僕はメンターより年上ですが、僕の部下達は僕よりも更に年上で、上に上がるほどに若くなる変な組織でしたが人間関係は良好でした。
前職でディレクターになるも、チームメンバーとの関係に悩みうつ病で退職してしまった経験があった僕は、自分をここまで成長させてくれたメンターに強く感謝していました。
だからこそ僕はこの上司を、メンターと呼びたいのです。
ちなみにそんなに感謝しているくせに何故転職したのかは…
まぁ要は「新しいことがしたかった」「より成長出来る環境を求めた」って感じです。
当時は、そう思っていた(思い込んでいた)んです。

メンターに感謝していたからこそ、僕は退職に対して、後ろめたさが物凄くあり、これまで何度も転職を繰り返した人生で一番緊張したのを覚えています。
一つの会社にこんなに長くいたのも初めてでしたし、こんなに上司という存在に尊敬と感謝の念を抱くのも初めてでした。
だからこそ、退職を決めてからはメンターとの交流を極力避けるようになりました。
自分の弱さの現れですね。
恩を仇で返すようなことをしている自覚があったから、だから距離を置いた。
二人で何度も徹夜して乗り越えたあの頃や、飲み会が終わっても会社に戻り二人で仕事をしては、土日もオフィスで顔を合わせて「また仕事してるんですかw」と軽口を叩きあう。
僕にとって、仕事というものの面白さや、仕事における青春とも言える最高の時間を共に過ごした相棒でもあり、師でもありました。
長年会社を支えてくれた功労者だからと、いただくねぎらいの言葉も素直に受け止められず。
僕の送別会の実施も断り、最終出社日の夜21時頃に「ほんじゃ!お疲れ様でした!」と別れの挨拶もせずに、逃げるよう退社したことを覚えています。
メンターは、「送別会は出来ずとも個人的に労いたいし、また2人で飲みに行こう」と言ってくれたにも関わらず、退職と同時に連絡を断ちました。
この、恩人から逃げるように退職をしたことを激しく後悔したのは退職後、半年ほど経ってからでした。
ちなみに、このあとの転職自体は失敗でした。
給与は上がりましたが、鬼ほどブラック(笑)

他からも声を描けてもらっていたので、転職後1ヶ月で転職をしました。
そこ(現職)は、これまでよりもマネジメント職の強い業務内容ですが、同じような事業内容で同じような規模で同じようにベンチャーX年目という条件なのもあり、メンターの下で働いた経験が活かせたり、如何にメンターが優れた経営者・上司だったかを痛感しました。
今の会社は、若手・未経験者が多いため組織・会社としてあまりに拙く、気になる部分が多く、マネジメントでも業務でも悩むことが多いのです。
上司も部下も、これから成長が期待できる素晴らしい仲間なのだけれど、会社の文化がかなり特殊で、合理主義・成果主義の環境で働いてきた僕と価値観が一切合わないのです。
入社して、半年ほど経つも思うように結果を出せず。
どうやったら貢献出来るのか分からず、モチベーションも低下していました。
この時、自分は失ったものの大きさに気づきました。
メンターという心の支えであり、自分の力を引き出してくれる存在。
サラリーマン人生でどれだけ…そもそも出会えるか分からない、貴重な師。
それを失ったことに気づき、自分が今までどれだけ助けられていたかを痛感したのでした。

そんな悩みを抱えていた中ですが、新しい会社で部署は違うものの気が合い、普段から組織論について語り合えるマネージャーの同僚が出来ました。
彼は営業職出身ではあるものの、僕と似たような経歴の持ち主でした。
彼は当時の上司が独立して起こした会社に着いていき、一時成功するもリーマン・ショックの煽りで、会社が縮小して転職を重ねて今の会社に来たとのこと。
ベンチャー規模の会社における組織論や経営について話すようなメンバーがいない会社だったので、彼とは色々な話をしました。
今では僕と二人で、全社的な組織開発に取り組んだりしています。
そんな彼が、とあることを、教えてくれました。
上司が興した会社が縮小して畳んだ後に、彼の上司である社長は「俺はまだやる。また仕切り直しだ。」と言って、また会社を立ち上げると決めたそうです。
そこで、再び彼を誘ってくれたとのこと。
しかし、彼はその会社で1番の営業成績だったこともあり「一人でも自分はやれる」と判断し、その誘いを蹴ったそうです。
その後、個人で仕事をしたり、転職をするも上手く行かず、過信ゆえに当時の上司の誘いを蹴ったことを後悔しているそうです。
現在でも連絡を取っているその上司は、彼にとってのメンターで現在の仕事についても色々な相談をしているとのこと。
僕はそれを聞いて、自分が抱えている後悔についても話しました。
すると、彼は「意外と相手は気にしていないもんだよ。どうにか連絡を取って謝ってみたら?」と、言ってくれました。
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メンターに連絡を取る
そんなこと出来るのか?
逃げるような辞め方した自分に?
そう悩みだしたのは、その「連絡を取る」という選択肢が生まれたがゆえ。
それから数日、ろくに眠れなくなりました(笑)
しかし、彼の言葉を信じて連絡することにしました。
いや、本当に怖かったんですよ…。
でもね、ありったけの感謝の思いと、後悔、申し訳ない気持ちと謝罪を盛り込んだ鬼ほど長文のメールを、これでもかというくらいに畏まったクソ長い文章を送りました。
TwitterのDMで(笑)
LINEアカウントも作り直したし、電話番号も変えていた僕は他に連絡手段を持っていませんでしたから…。
それは約1年ぶりの連絡。
しかも、そのDMには謝罪だけじゃなく、図々しくも「もし許されるのなら、当時のように仕事の相談や、仕事観について話せたら」なんて身勝手な望みまで書いてたんですよ僕は。
どんだけ身勝手なんだと…。
僕はこのDMを夜21時に送ると、スマートフォンの電源を落とし、眠りました。
返事なんか、来ないに決まっている、と諦めようと自分に言い聞かせながら。

翌日の夜に返事は来た。
画面2スクロール分くらいはあろうかという僕のDMに対し、メンターの返事はこれだ。
「えw〇〇さん?w」
短い!
あまりの短さにすぐさま返信。
そうです僕です、と。
しかし、その後メンターからは優しい言葉をたくさん頂いた。
「逃げるように辞めたとは思ってなかった」
「以前から挑戦したいと言っていた仕事を用意できなくて申し訳ないと思っていた」
「良かったら今度、飲みにでも行こう」
この言葉だけで、どれだけ救われたか分からない。
ここで更に分かったことがあります。
僕は「相談したかった」んじゃない。
困った時に相談できる「心の支えが欲しかった」んだと。
正直、この時点で大分心が軽くなってメチャクチャ仕事頑張れるようになりました。
自分からDMしといてクソ身勝手だけど本当に嬉しくて。
でも、久々に話せるのは嬉しいし、ちゃんと会って謝りたかったので、ご飯に行くことに。

仕事帰りに、メンターが行きたいというお店で待ち合わせ。
久しぶりに会ったメンターはふくよかになっておられた。
いや、僕も太ったんですけどね()
久々に話すと、話したいことがいっぱいあったけど、まずは謝罪。
あの時は、本当にすみませんでした。ずっと後悔していました。
と、自分の思いを込めて。
メンターは黙って聞いて、謝罪を受け入れてくれた。
そこから、やっと色々な話が話せるようになった。
久々に二人で飲むと、会社が小さかった頃を思い出す。
この人の部下でいれたこと、本当に良かったと思えた。
気づいたら4時間近く話し込んでしまって解散したけど、メンターから嬉しい言葉をもらえた。
「今後、一緒に面白いことができたら嬉しいから、また飯に行こう」
と。
また、一緒に働けることを期待しているのではなく、そんな言葉を投げかけてもらえたことが最高に嬉しかった。
メンターの下で働いていたこと、彼の部下であったことを自信に変えて、頑張っていきたいと思えた。
そんな夜でした。
そして、それからは3ヶ月に1回ペースでご飯に行って、近況報告したり、仕事の相談したりするようになっています。
おかげさまで、今の仕事に新しい目標が生まれて、日々の熱量も上がっています。
僕も自分の部下にとって、僕にとってのメンターのような存在になれるよう努めようと思います。
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オッス!オラ吐瀉夫!
30代で転職10社を超えるジョブホッパーだ!
といっても、初期は工場や派遣などで色んな業界を渡り歩いていたもので、無駄なキャリアを重ねていました。
そこからオンラインゲーム業界に入り、スマホゲームなどの市場に移り、ゲーム会社4社目になります。

先日、友人の友人(初対面の30代)と話す機会があり、仕事の話をすることがありました。
先方は新卒以来、転職すること無く今の会社にいるらしいのですが、あちらの自己紹介に応える形で僕の経歴も話して、雑談をしていたのですが、その中で耳に残る衝撃的な言葉がありました。
それが
「まともな人は一生転職しない」
という言葉でした。
自分がまともなつもりは一切ありませんでしたが…
それでも僕は正直
「え?未だにそんな価値観マジで存在してるの!?」
っていう気持ちになりました。
皆さんはどう思いますか?
おそらく業界によるとは思うんですが、そういう人もいるんだなと、ちょっとしたカルチャーショック。
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確かに転職ってちょっとリセットされるところがあるのは確実で、RPGのクラスチェンジ・ジョブチェンジのようにレベル1からやり直す部分はあります。
現場のトップまで成長し、マネージャーになって転職したら、転職先で求められるのはマネージャー以上の実力ですが、その会社の現場レベルに合わせた実力を求められるものすぐにそこに到達出来るわけではないですし、この時間のロスがもったいないのは間違いないです。

会社によってはプレイングマネージャーを求めない文化もありますが、現場の人達からは反感を買うこともあります。
僕はというと、今の会社は本当に良い人ばかりで職種を変えてマネージャー担ったにも関わらず、現場の仕事が全然出来ない僕を部下が受け入れてくれてることにビックリです。
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IT・WEB・ゲーム業界は若い業界なのもあって、社歴が浅くても貴重な経験を積めるポジションを獲得しやすいので、転職に積極的だし、そもそも人材不足なので受け入れにも寛容な文化なイメージがあります。
なので、僕自身も転職回数多くても受け入れてもらえている気がします。
しかしながら、それらを除く社会では確かに転職に対しては厳しい目を向けられるのかもしれませんね。
僕もいつまでこの業界で仕事をするか分かりませんが、30代から業界を変えるリスクは結構デカいなぁと感じているため、もし転職するとしても、自分のキャリアの軸を少しずつズラして幅を広げるような転職で可能性を探っていきたいと思っています。

どうやら年金受給開始年齢が70歳になるのも見えてきたこの社会。
30代の僕らは果たして70代の内にもらえるかも怪しい気がしています(笑)
出来れば80代まで働けるよう、自分のキャリアを積みたいなと考えた一日でした。
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オッス!オラ吐瀉夫!
いやはや2019年度、始まりましたね。新元号も発表され、エイプリルフールも終わりましたが、新年度で一番ドキドキしてるのは新入生、新社会人といったフレッシュな方々じゃないでしょうか。
今やアラサー、働き盛りの社畜の僕ですが、こんな僕にもフレッシュな時期があったんですよ。
今回はそんな僕のフレッシュな時代、胃もたれ爽 吐瀉夫の話をしようと思います(爽やかになったでしょ)。
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僕は大学に行かず、高校を卒業して就職しました。
勉強は得意じゃなかったし、大学に進んだ兄をそばで見て、進学したいという気持ちもなく、子供の頃から好きだった絵で漫画家になりたいなぁ…なんて甘い夢を見た子供でした。
だから最初から僕にとって仕事は、やりたいことではなく、生活費を稼ぐ手段でしかありませんでした。
ちなみに就職試験は1社しか受けておらず、その1社が受かってそのまま就職というかたちです。

工場とは言っても、機械系じゃない特殊な工場です。
絵が好きだったのもあり、僕が新卒で入った会社の業務は調色と呼ばれるものでした。
簡単に言うと、顧客の希望の色になるように塗料を混ぜて出荷する仕事です。
家の壁の色って例えば真っ白だったとしても少しずつ日焼けしたりしますよね。
そこで一部分剥げたりして、そこを塗り直す場合、塗りたて当初の塗料の原色の白色だと日焼けしてないから目立っちゃうので、日焼けした現在の塗料の色に合わせて色を朝食するんです。
しかもこれがなかなか難しく、「塗料が乾いた時に同じ色になるように」という条件が加えられるため、
といった流れです。
しかも、これの難しいのが注文された塗料で、注文された量になるように調色しなければいけないんです。
無駄に作りすぎてしまった場合、それはストックせざるを得ませんが、次回同じ色で注文が来るか分かりません。
水彩絵の具と同じで、色は混ぜれば混ぜるほど濁り、黒ではない汚いドブみたいな色になるため、そもそも作り過ぎたら良くないのですね。
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ここまでの話でも難しいと思うかも知れません。
乾いた時の色の変化を予測し、目標となる色を予測し、注文の量に一致するように塗料の原色を選択し、混ぜていく。
3Lの真っ白が欲しいなら、まず原色の白を3L用意し、それを塗って乾かして、顧客の欲しい「真っ白」に対し、どれだけ色が違うのかを見本(顧客からもらう)と比較して、赤み青みと濁りがちょっと足りないなと思ったら、赤と黒を1滴ほど混ぜる。
黒の持つ青みと濁り、赤の赤みを入れるためですね。また赤の塗料が持つ黄色要素は黒が打ち消してくれるのでちょうど良いです。
こんな感じで原色の持つ要素を把握して調色するのですが、さらにもう一つ難しい条件が…!
塗料によって、原色の色味が違うんです。
基本的に顧客からの塗料は、ペンキと呼ばれる工業用塗料や建築用塗料がメインなのですが、塗料はそれぞれの目的に合わせて、錆防止、腐食防止などの効果があります。
車用の塗料、船用の塗料なども扱っています。
顧客はその目的に合わせた塗料で依頼をしてくるのですが、先程言ったような調色に必要な原色の特色の把握は、塗料毎に異なるので大変なんです。
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そもそも僕はこの頃から仕事に対する向き合い方が今と似ていたのかも知れません。
仕事が上手く出来ない新人時代、悔しくて影でよく泣いていました。
自分を客観視出来てないからからこそ、なのかもしれません。
出来なくて当たり前だけど、出来ない自分が許せない。そんな気持ちで泣いていました。
そして、仕事が出来るようになり、先輩から褒められた時に、涙がポロポロと出てきたあの頃を思い出します。
職人的な業務なだけに、現場で働く人たちも職人気質。
口で教えてくれるのではなく、やって見せてくれるだけ。そんな無愛想な人たちの会社で一人、新卒として入った僕が認めてもらえた時はとても嬉しかったのを覚えています。

そんな感じでやっと仕事が自分でも出来るようになってきた頃、ある出来事がありました。
入社から1年が目の前に見えてきた3月。一人前に仕事をたくさんこなそうと、塗料にまみれながら仕事を頑張り、帰宅してお風呂に入り、体を洗って風呂から上がった時に気がついたんです。
肌が真っ赤に腫れ上がり、かぶれているのです。
原因は、溶剤である塗料を洗い落とすためのシンナーによるかぶれでした。
僕の家系は肌が強くない人が多いのですが(特に兄がひどい)、まさか自分がこうなるなんて。
痒くて、痛くて、仕事にならない状態で、病院に行っても「出来ることなら溶剤に触れないほうが良い」と言われ、この仕事を一生続けることがそもそも自分には向いていないんだと知り、ショックを受けました。
違う部署で水溶塗料の部署もあったのですが、当時の幼い僕は転属なんて発想が頭に浮かばず…。
飛びました(笑)
そう、翌日から会社に行くことなく、二度と出社すること無く退職。
僕のバックレ癖はここでついたんでしょうね!w
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あれから14年…10回以上転職した僕。
ついには市販の履歴書には職歴が記載しきれないので、スプレッドシートで自作した履歴書プリントアウトしてます。
まぁ何とかなるもんなんですよ。
辞めるのを躊躇してる新入社員の人がいたら、僕が言えることは一つ。
辞めても死にゃあしないよ。
5年前にゲーム業界で働きだして、鬱病になって毎日死のうって思ったあの頃のほうが辛いと感じます。
辞めたら、生活どうしようっていう不安と、漠然とした不安で毎日死にたくなる状態を比較したら誰だって前者の方が良いと思います。
結局、心が健やかじゃないと、お金があっても幸せにはなれないし、仕事は辞めてもコンビニでバイトとかしてたら最低限の生活ならどうにか出来ます。
そこから自分に合いそうな仕事を探すのが一番良いなって思います。
大体、一社目から自分に合う仕事につけるわけないんです。
自分をその仕事に合うように譲歩するのは当たり前ですが、譲歩しきれない部分って結局あるんですよね。
終身雇用が崩壊しつつある現代、一つの会社に長く務める時代は終わっています。
だからこそ収入や条件、自分がその仕事のためにどこまで譲歩できるのかとか、一番納得できる仕事に出会えるよう、無理しないで経験積んでレベル上げて、日々を過ごすくらいの気概で望めば良いんじゃないかと思うんです。
そうすれば、妥協で入った会社でも次の会社までの自分の成長フェーズと捉えて前向きに働けると思います。
現に、今働いてる会社も僕にとってそうですし。
どうか、新社会人の皆さん、穏やかで楽しく、充実した社会人生活を送ってくださいな。
オッス!オラ吐瀉夫!
先月、社長に退職の意を伝え、今月末で退職予定の32歳!
社長に退職願を出す前から転職先は決まっていたんですが、僕が退職を伝えた時に社長からとある本を勧められました。
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それがこの本「このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法」です。
発売後2ヶ月で10万部を超えるベストセラーで注目されてる書籍。
「転職する前に読みたかった」「大切な人に推薦したい」など反響の声、続々! 一生食えて、心から納得のいく仕事が見つかる、転職論の決定版。あらゆる不安やモヤモヤが、ストーリー形式で一挙に解決!
◆本書で解決する「悩み」→会社を辞めるべきタイミングがわからない/「年収は下がるけど、魅力的な会社」へAmazonより引用
社長との関係性はとても良好で下記記事でも記載している通り、これからもお付き合いが出来ればと思っています。
社長から「次の場所選ぶにあたって『転職の思考法』って本は凄い参考になるから、余裕あれば読んでみて」と、この紹介された本。
既に転職先、決まってんのに…無駄だろう。
と思いながらも、大恩ある上司がとてもためになる本だったと言っていた本に純粋に興味が湧いて、購入を決意しました。
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こういう時に1000円ぽっちの自己投資が出来ない人間は成長できないと思うんですよね。
ただ1000円と言えど、本を読むのにかかる時間を無駄にしたくないからこそ、中々普段は新しい書籍を開拓できずにいたので、信頼できる人が本をオススメする機会って貴重だと思うんですよね(笑)

表紙から若干胡散臭さを感じつつも、口コミ(Amazonレビュー)は150件を超えながらも☆4を超えており、10万部突破も納得の高評価。
難しい内容じゃないことを期待しながら、読んでみることにした。

ふぁ!?なんだこの物語!?
最初10分ほど読んでの最初の感想はまさにこれだ。
この本は、30歳の転職に悩むサラリーマンを主人公に据えていて、その主人公が仕事に人間関係に転職に悩むリアルな姿を描いています。
会話と心理描写メインのため、とても読みやすい文章で、僕が昔大好きだったホラーノベルゲーム(ワンダースワンのTERRORSやリング∞、アナザヘブン)のようなシンプルなものでスラスラ読めちゃうんですよね。
更に、共感しやすい悩みを持つ主人公の物語のため、グイグイと中に引き込まれ、すぐに読み終えちゃったよ!(笑)
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この本は転職の思考法と銘打ってるだけあって、転職の答えを教えてくれる本ではありません。
転職する時に人が悩んでしまう不安の根底にある部分を解決するための思考法を教えてくれる本です。
思考法と言うとちょっと洗脳というか、胡散臭いですが、いわゆるロジックですね。
思考のプロセスと言い換えてしまっても良いかもしれません。納得のできる理屈、ロジックがきちんとまとめられていて、どういう風に転職を意識すれば良いのか、日々どのように仕事をして、キャリアを積めば良いのかが明確になっていきます。
これは社会では誰も教えてくれることのないものです。だからこそ、皆さん転職に不安になるのだと思います。

転職・仕事を続けることへの不安を論理的に解決する思考を教えて、キャリアアップやステップアップを後押ししてくれるものです。
この本はざっくり分けると
最初の6割が転職に関するもの。
残りの後半4割が仕事についての価値観というか、キャリアの積み方と言った内容になっています。
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日本の古い文化でタブーとされがちではあるが『転職をすることは悪いことではない』ということを教えてくれながらも、今いる会社だろうが転職先の会社だろうが、どんな会社であろうが、そこで働く自分の市場価値を意識することや、会社をその視点から判断する方法を教えてくれる稀有な本だと思います。
これはまさに良書!
仕事に悩む全社会人に是非オススメしたいものだと思いました。
社長、こんな良い本を教えてくれてありがとう!今後のキャリアを考える際に役に立ちます…!
この本を読んで余計に次の会社にも永く留まろうと思わなくなってしまっている自分が怖い…(笑)
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オッス!オラ吐瀉夫!
先日、Twitterでつぶやいたこのツイートが意外にRTが伸びたので
ちょっと僕の転職について掘り下げて書いてみようと思いました。
僕は履歴書に乗らないくらい転職してるけど、常にエクセルで作った職務経歴書をgoogledriveに上げて、仕事で評価されそうな案件をこなした場合は常に更新している。そうすることで自分自身の価値、スキル、実績がアップデートされてることを自覚し、転職に望める。 https://t.co/t19yzTuhLN
— 胃もたれ沢 吐瀉夫 (@tosakax88) 2018年7月3日
ライフハッカーさんの記事に共感というか
とても納得することがあったので引用RTさせてもらったんですが
やはり皆さん転職については興味を持ってるんだなぁと感じました。
興味がある方はこちらも読んでみてください。
僕は現在、スマホ向けソーシャルゲームのプロデューサー兼ディレクターをやっています。
前職はPC向けブラウザゲームのディレクター。
ゲーム業界の職歴自体はこんな感じです。
こうして見ると駆け足な印象ですね(笑)
業界での転職はまだ一度しか経験していない状態です。
約6年前まで僕は全く関係ない業界にいました。
20代でこれは、結構酷い職歴だと思います(笑)
思い出しながら書いてみます。
流石にもう、今後はゲーム系かあったとしてWEB系の仕事しかしないと思うんで、5番以前の職歴は履歴書に書く必要もないと思っていますが…ホント酷いですねコレw
履歴書上では転職回数が10回以上もあるのはかなり怖いですよね。
でも、僕が面接する時は基本的に未経験じゃない限り、
同じ業界(僕だったらゲーム業界)になってからの転職回数や職歴しか見てないです。
向かない・合わない仕事はすぐ辞めるに限ります。
だって会社も自分も幸せにならないもん(笑)
あんだけバックレてた僕が今じゃ土日も家で仕事。
有給は消費しきれない。しかもそれが嫌々じゃなく、望んでこの仕事を続けているのです。
面白いし、やり甲斐あるし、適性があって、評価もされる。
僕にとっては天職と思っています。
これは業界の特殊性もありますが、ツイートに書いていたように自分の職務経歴に常に最新の情報をまとめていました。
7番の会社で仕事していた時にやったことを、忘れないうちに取りまとめることでアルバイトだったとしても、その後の会社を受けた際に収入が倍になりました。
フリーランスだから高くなったのもありますがww
同じ業界での転職なら、まっとうな理由があって(そう言い張れるかどうか)の
退職である限りは、何を成し遂げたのかを重視して見られると思います。
実際に現在、採用面接を行ってる僕もそうしています。
というか、そう見るように指示を受けています。
30代になってからは、転職をしていないものの転職活動はゆったりやっています。
他社さんからもプロデューサーやディレクターでお誘いを受けますし、実際に現職のプロデューサーさんや社長さんらと会食させてもらったりもあります。
基本、企業主催の勉強会とかはただの営業・勧誘でしかないので
繋がりを作るために顔を出すようにしていますね。
また、この辺りは掘り下げて書いてみます。